コラム

拗らせ女子仲間の結婚式に行って感じた自分たちの女性性の話

福島のこじらせ女子仲間がとうとうゴールイン。憎たらしいのに、絶対憎めない彼女が企画した、摩訶不思議な結婚式は、腹を抱えて笑いが止まらなかったり、昔の自分に(対象が新郎新婦でないところがポイント)立ち戻ってはオロオロと泣けてみたり、下ネタが止まらなかったり(笑)それはもう、如何とも表現しがたい一日となりました。

ピリオドではない。

かといってスタートラインでもない。

あぁ、次はその一歩を踏み出すんだね。そっか、今回は一歩引いたんだ。あらあら、今はぐるぐる回っているのだね。

時に傷つけあい、時に慰め合い、距離のとりかたを探り合いながら、この8年を共に生きてきた仲間だからこそ、この結婚ですら、彼女の人生の「、」に過ぎないことを知っているし、彼女の「、」は私のストーリーの「、」でもあると、感じています。

生きていく ふくしま

円座ウェディング

拗らせ女子だとか、ビッチだとか、活動家とか、まぁ、なんと言われても、きっと、私たちはこれからも、こうやって生きていくのだと思います。

独創的な形容詞は花向けの言葉だし、むしろ最高の愛情表現!怒り、泣き、笑い、感謝しながらも、とことん自由に、女性の官能のままに。

だから女ってオモシロイ。

だから女はやめられない。

と、どうやら私の中の女性性が、ビンビンと刺激され、私の物語も次のセンテンスに歩みを進めたようです。

こんな結婚式、きっと後にも先にもこれだけ。

こんな拗らせ仲間、また震災でもない限り出逢えないと思う。だから、生きていこう、これからも一緒に。最高にウザいけど、最高に大切すぎるぜ。おめでとう。

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