コラム

地震から2日目、イレギュラーな旅に出ることにしました!

トモエの仲間8家族26人で被災。
妊婦も乳飲子も当然子どももワンサカ。
午前3時過ぎ、揺れに飛び起きる。長くて大きな揺れ。ぐわんぐわんする。「あ、携帯の充電ない」と即座に充電するも当然充電されず。部屋の電気は非常灯に切り替わっていた。

寝ていた赤ちゃんたちも起きてきて、グズグズでリビングと部屋とを行ったり来たりしながらやり過ごすも、余震にドキドキしてなかなか眠れない。

朝になり「帰る?ガソリンは?食べ物ある?1人?パパ帰ってくる?二次災害は?電気は?」と情報収集と買い出しと、相談。おむすびを握ったり、外を見に行ったり、子どもと遊んだり、手分けして短時間で必要なことがドンドン整っていったし、子どもは子ども同士地震なんて御構い無しにうるさいくらい遊んでいて、とても心強かった。

でも、直感的に島牧に行きたいと思った。こんな時は圧倒的に田舎の方が強いことを知ってるし、電気はないけど水は通ってるらしい。幸いガソリンもある。でもなぜか?腑に落ちない。半分くらいの家族がみんなで札幌に戻る中「ね?ここに一緒にいよう?みんなでいよう」と言ってくれた友だちの一言に肝が座り、昨日は友人の営むB&Bにそのまま留まることにした。

信号も付いてない中戻ると決めたみんなと、握手して「無事でね!」と再会を誓う。「帰りたくない」と泣き出す子も何人か。なんだか今生の別みたいで胸がぎゅっとなった。

みんなを見送って4家族になったリビングはすごく静かに感じた。電気も携帯も通じないし、やることがないから、みんなで散歩することにした。家の裏に黒猫が座ってこちらを見ていて「気をつけて」と語りかけてるみたいに感じた。イオンまで買い物に出かけてくれた友人が、長蛇の列を終えて買ってきてくれたアイスコーヒーが、ものすごく美味しかった。

日暮れが近づくに従い、ドキドキしてくる。どうやら今晩は電気の復旧はなさそうだ。暗がりになる前に「しそびれてて。これしない?」と花火を持ってきてくれた。大人6人と子ども7人で停電中の花火。それが楽しくて嬉しくて、子ども達と一緒にはしゃいだ。あんなに夢中で火花を見たのはいつぶりだったかな。

「この夜はきっと一生忘れないねー」て。

終わって、もう真っ暗になった小樽の空を見上げたら凄く星が綺麗で「きれー!」なんてみんなで言ってたら「あ!流れ星!」まるでドラマのワンシーンみたいだった。

キャンプ用のライトで薄暗い部屋でご飯。友だちが取ってきてくれた台風で落ちたプラムと、冷たくなった塩むすびがおいしかった。「明日どうしようね?」て繋がらない携帯をたびたび見てる大人をよそに、子どもたちはライトで自分たちを照らしてステージごっこ。この上なく楽しそう。キャンプの延長くらいにしか感じてないのかな?友だちとお泊まりできる!ってただただ「今」を満喫してる。癒される。

「こうして一緒にいられたのも運命だね」「このために一昨日急遽決まったんだね」ホントに図ったとしか思えない状況に感謝しかなかった。

水のシャワーを浴びて、夜寝る間際に孝介とこれからのことを話し合う。これは何のサインだろうね?と。ちょうど始動しようとしていたプロジェクトのリリース直前だった。電気もないし、インフラもままならないし、なかなかそれどころではない。トモエもしばらくは休園だろうし、スーパーも空っぽだし、震災の経験上、生活が通常運転に戻るにはきっと、最低1週間くらいはかかるだろう。それにもっと大きな余震の可能性もなくはない。

今は楽しくても、友だちと一緒じゃなくなったら、子どもたちも何かしらストレスを感じるだろうし。

「ただただ復旧を待つより、動けということなのかもね!本州、いこっか!」朝を待ってとりあえず実家を目指すことにした。

「こんなことでもないと、用もなくぷらっと本州行くことなんてないしね!」小さい子どもがいて、サラリーマンじゃなくて、2人で仕事をしてて、こんな時こそ動けないのは嘘だと思った。

荷物は?小樽から?函館から?何泊くらい?何も調べられないし、交感神経が優位でなかなか眠れず、頭の中は移動のことでいっぱいだった。

同じく眠れず四時に起きたという孝介と朝から部屋を掃除して、荷造りをして朝起きてきた友人たちに今日出ることを告げる。当たり前のように一緒に遊び始めた娘を「ジィジとバァバのところにいく!」と説き伏せて、朝ごはんを食べていざ出発。

別れ際に、長い長い二泊三日を共にした友人たちとハグ。妊婦、産んだばっかりの子、しかもパパが遠くにいる友たち。あたしの何倍も不安だっだと思う。なみだのわかれ。ホントに、ホントに、2日間ここにいれてよかったと思った。呼ばれたんだと思った。「大丈夫だから」というあたし。みんながいたから、強くいられたんだと思った。

小樽のフェリー乗り場に行くも、当然キャンセル待ちだった。これは無理と諦めて一度札幌の家に戻る。

道中エリアごとに電気もついたりつかなかったり。ガソスタは未だ長蛇の列。スーパーにも物がない。北海道、陸の孤島はこうなると本当に脆弱だと思った。道中ようやく、途切れ途切れで携帯の電波が入り始める。

自宅に戻るも、断水、停電中。
やっぱりここにはいられない。
1時間で10日分くらいの荷物を準備。電話でフェリーターミナルに問い合わせるも、運転はしてるけど予約は受け付けていないとのこと。暗闇の夜はもう勘弁。これはもう、行くしかない。もしもの時は受け入れてくれるという函館の言葉に安心して高速で向かう。

Facebookのコメント情報に助けられて、高速で一本。函館まで一直線。「有珠山の近くはできるだけ早く通り過ぎたい」と孝介。
孝介の防災士の資格がこんな時に役に立つ。
そうか、地震が起こったら火山も可能性は高まるのか!いきなり山が怖いものに感じられた。

幸い、高速は通行止め等なく12時半に出て、5時には函館に到着。ドキドキしながらフェリー乗り場に行くと、なんと!5時半の便がまだ乗れるという。滑り込みで乗れた!

フェリーの中、2日ぶりの電気の灯りがありがたい。充電ができる。電波もある。トイレも流れる。意外にもフェリーはガラガラで子どもたちが思いっきり走り回っている。楽しそう。その隣でこれを書いている。

あまりにもいろいろなことがありすぎて、忘れてしまいそうなので、記録しておくことにした。

そんなわけで突然すぎる、イレギュラーな旅。でも全ては導かれてる。ということで北海道の無事を祈りつつ、とりあえず今日のところはゆっくり寝たい、イマココです。

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